1/19/2018

公平中立な報道はない

トランプ大統領が就任一年間のフェイクニュース大賞を発表した。フェイクとは偽のことだが、これらは必ずしも真実を完全に逸脱しているとは言えない。とくに一位になったNYT寄稿のクルーグマン氏の「経済は絶対に回復しない」はその時点の予測であり、1年後の今は外れている、というだけで、偽というわけではない。問題なのは数多くあるニュースを自紙が応援する政治勢力のためになるように取捨選択して報道することで、これをトランプ氏はフェイクだ(公平でない)と非難する。だが、全ニュースを紙面に載せることはできないので、仕方がない。

報道とくに新聞ではこの意味での公平さ、中立性は守れないし、守る必要はないのではないか。放送のように限りある公共電波を使っているわけではない。購読者の政治志向に迎合する紙面作りは営業面からも当然としてよい。

問題は、日本のマスコミがこの米国マスコミの非中立性を理解せずに一方だけをそのまま伝えて、これが米国の政治ですよと紹介していることだ。

トランプの政治は馬鹿らしい内容のものが多いが、この「フェイクニュース騒ぎ」でマスコミ報道をそのまま信用するのは危ないと気づかせられたのは大きい。

ちなみに日本の新聞のフェイクニュースの代表は朝日新聞の慰安婦報道と福島原発吉田証言に関するもので、これらは偽そのものだ。

Sep 3, 2001 :大きく網をかける

司馬遼太郎は国全体の仕事をしたわけではない。S新聞(偏見を持たずに)より文筆活動に入った。

国全体を見る立場にあった東条英機は、官僚として優秀だった(文書係長として)が、世界の中の日本の位置、行く末を見る目、資質はなかった。

一市井の人、山本七平は前線にいても、戦争全体のことを類推する能力があった。人間、与えられたポストではないと思う。「視野を広く持つ」ということでいいのでは?

なお、A新聞には「偽善」というより、「無知蒙昧」という形容詞がぴったりだ。視野が狭い。
それも大衆を(から)扇動して(されて)。ポピュリズムそのもの。

1/17/2018

Sep 3, 2001 :鬼畜米英

「地を這う」って、グラスルーツ(草の根)のことでしょう。世の中がインターナショナルになって、何が変わるって、前にも書いたが、各国入り交じって友達になれば、戦争は起きないよ。昔は「鬼畜米英」とか恐怖の宣伝をして、人間と戦っているのではないという気持ちを持たせ、戦意高揚をはかったが、今は無理。第一アメリカ人で、日本語の上手な親しみのもてるタレントがいる。鬼だ畜生だと誤魔化せない。

ソ連崩壊でやっと、イデオロギーの時代は去ったと言われる。人間はイデオロギーという名の下に抽象的に相手を決めつけるから、20世紀は不幸な戦争の時代だったのだ。今は世界に友達を作るから、具体的に外国の人を理解できる。

だから、抽象的に相手を決めつけることはなくなった。第一、相手の国の人すべてを抽象的にひとくくりすることなんかできない。

1/15/2018

Sep 1, 2001 :空気を克服せよ、マスコミ

戦争の勝ち負けは官僚組織の優劣で決まるところがある。その典型はドイツ参謀本部の優秀さだ。かれらは兵站(ロジスティック)を重視した。四方の国境はどこでも戦場になりうる。そこへ、兵力、補給を迅速にまわせた方が勝つ。

将棋と同じだ。

アウトバーン、鉄道網は元来戦争のためのものだった。日露戦争のロシアもシベリア鉄道での補給の合理化のため、帰りの木製貨車は運行せずに、燃料にしたと、坂の上の雲にもあった。

当時も、現在も、この「ロジ」軽視は日本の官僚の弱点だ。外務省で悪い意味に使われる始末。南方の島を占領しても、そこへの輸送船が米潜に沈められる、ロジの弱点を想定しなかった。苦肉の策は「現地で自活せよ」だって。無茶だ。

ロジ軽視と言うことは、現場(の事情)軽視と言うこと。東京で将棋の駒を動かすように戦争は出来ない。現地事情(山本下級将校などから)を知らなければ、有効な戦いは出来ない。

もうひとつ、情報軽視だ。情報の英訳はIntelligence(知恵)であって、Information(知識)ではない。前にも書いた。

敵の暗号を解読し、味方のそれはされないようにする。レーダーの開発は日本の方が進んでいたのに、上層部の意識が足りなかった。戦地国事情も同じ。敵は宣伝が実にうまい。日本はこれ以上下手はないくらい。
現在の日本の官僚も同じ。官僚組織がいけないのではなく、良い官僚組織を持てないのが問題。官僚の悪の最大のものとしてよく言われる、縄張り根性は、上に立つ政治家がしっかりしていれば無くなる。小泉さんがやっている。
問題なのは、上記日本人の弱点を優秀な官僚も未だ克服できていないこと。国民、マスコミあげて馬鹿なことを言っている。官僚もそれらに乗るばかり。

もうひとつ。日本人は情念で物事を決めがち。先の戦争も「追い込まれる恐怖」という情念だけで、破滅の道を最初から進んだ。ルーズベルトの策略に乗って。

以上の日本人の短所を見ると、また同じ事を繰り返すような感じがする。だから、それら日本人の「空気」に異議を唱えるべきマスコミの責任「も」重要だと言った。それが出来なければ、マスコミの存在価値がない。

1/13/2018

Aug 28, 2001 :金大中の矛盾

世の中の矛盾探偵団としては格好の題材を韓国に見つけている。

またニュース。金大中大統領はベトナム大統領に対し、ベトナム戦争当時の韓国参戦を謝罪したという。ベ大統領は問題にしていない。一方韓国野党ハンナラ党は兵士の名誉のため、謝罪すべきでないと言う。
以上三者三様の対応を材料に、以下に、彦左衛門の韓国国情解説を重ねる。

謝罪のしあいが好きなのは、金大中さんの一味だけだったことがわかる。ハンナラ党は立場によって意見を変える。

これが人間だ。ベ大統領は「勝ったから…」と言う。これも人情。以上の事実を見ると、三者の人間性が出て、おもしろい。表面だけ見ていてはわからない。

いずれにせよ、我が国としては、隣国政治がおもてで言うことだけに振り回されないことが肝心だ。

Aug 29, 2001 金大中の矛盾(さらに)
韓国の矛盾は追及しがいがある。

太陽政策が何を意図しているのか?「ならず者国家」を相手にするときは、力を持って対応しなければならない。チェンバレンの弱腰がならず者ヒットラーの侵略を助けた。歴史の教訓は生かすべきだ。みんなで仲良く融和して、という考えで、平和になったためしがない。イスラエルvsパレスチナで現に実証中。

金大統領の考えは、いま南北統一すると、ドイツみたいになるから、北の抑圧された人々はならず者金正日にしばらく預けておこう、とのようだ。人道主義に反する行為だ。ノーベル賞なんてとんでもない。

1/11/2018

Aug 27, 2001:人を民族で判断しない

戦後生まれの我々にはぴんとこないが、戦前戦中派で、植民地政策と共に生き、戦後は第3国人に逆にいじめられた、上の世代の人の深層心理って理解しがたい。ある民族の人すべてに共通する特性あるいは人間性なんてあり得ないのに、ひっくるめて差別するなんて。

きっと、同和とも関連すると思う。江戸時代、穢た(?ATOKにない)非人を差別することにより、その上の最下層の人達を満足させたのに似ている。

我が輩のマインドは、世の中の矛盾を見つけだすことにある。むかし大久保彦左衛門っていたよね。

韓国の人中国の人は個人個人は好きだ。問題はその国とマスコミだ。向こうの人も同じ事を言っている。日本の国とS新聞が悪いと。ここは正々堂々と議論したらよい。隠れて、反省したら訪問して良いとか、小泉に言うんでない。

教科書靖国について議論するために相互訪問したらよい。小泉さんは不戦の誓いのために参拝したと言っている。

それが議論のスタートになる

1/09/2018

Aug 25, 2001 :韓国の民主主義は?

日曜恒例のサンプロを見ました。韓国民主主義の危機の特集です。

例の朝鮮日報等の社主逮捕劇の真相の解説です。金大中大統領の北朝鮮に対する「太陽政策」が行き詰まっている。
金正日は朝鮮日報等の対北強硬主張のマスコミを黙らせろと要求している。金大中も支持率降下で、金正日はいっこうに来ないし、焦って今回の弾圧に出たとのこと。

太陽政策って何だろう?相手が馬鹿にしているよ。拉北者(韓国版の北朝鮮への拉致者) 数百人もいるというのに、返還要求もせずに、脱出帰国した人をスパイ呼ばわりする。それが国民を守る国家といえるのか?それら相手の無体に全て目をつぶって「太陽政策」をとれば、相手が図に乗るのは明らか。

金大中にとっては、全てがうまくいかない。あと2年で辞めたあと逮捕されるかも知れない。そういう国が現在の韓国。

民主主義になっていない。

だから、教科書靖国で国民の目をそらそうとしているのは明白だ。被害者は韓国国民。打倒金大中へがんばれ

1/07/2018

Aug 25, 2001 :Nスペ教科書採択みましたか?

 Nスペ「教科書採択」見ました。公平な報道態度だったし、杉並区など東京の教育委員会での採択審議を見ていると、外部(外国)の圧力に屈せずに、民主主義的に運営されているので安心しました。中野区は教師の教科書推薦があったのにそれに影響されない審議だった。

このことに先立ち、杉並区の教育委員の補欠を区議会で決めるときに、その候補者はどの教科書の側の人かで選ぶべきだと大騒ぎになったのですが、騒いだ人達は民主主義のなんたるかが分かっていない。ソクラテスの故事を知っているのか?とあきれました。

結果はどうでもいいのですが(最初からよくない人は両側でいますが)、Nスペによると、唯一自虐史観のN書籍は選ばれず、つくる会の方も選ばれなかった。あいだのT書籍T書院のどちらかになった。つくる会を採択しなかった理由(教育委員5人全て)も、A新聞が隣国に配慮したそれとは全く違った。中野区も教師が推薦した自虐史観N書籍は落選した。

要するに、外国にもマスコミにも影響されることなく、本当に次代の子ども達のためによいと考えられた教科書が親の代表たる教育委員によって選ばれた(プロセスだった)ことは確かなようです。

だけど、A新聞に影響されて(結果を求めて)運動する人って不思議です。石原知事は「全ての物事の本質には立体的な事情があるのに、表面しか分からず盲目的になっている」そんな人とは口をききたくない、と言っています。

ところで、小泉さんが訪韓する条件として、今回のことを反省しろって。何を考えているのかね、韓国って

1/05/2018

Aug 23, 2001:日本の意固地な老人、補足

若い人が老人に席を譲ろうとしたとき、嫌な思いをしたことがある。だから、もう老人を相手にしたくない。あるいは、もうシルバーシートにはあいていても座りたくない。そういう若者もいます。目の前の明らかな年寄りに席を譲ろうとして立ったが、その老人は「次で降ります」とか、嫌な顔をして「大丈夫です」とか言って(一応?)断る。でも、もう一度勧めてみてもダメなときもある。空けた席がそのまま空席になる。また座りなおすわけにもいかず、気まずい空気になる。そんな嫌な思いです。

日本の老人は、好意を素直に受け取らない。自分がまだ若いと思っているのか、日本の社会が過度の謙譲で成り立っているのか?「過度」ってイヤだね。

韓国はみな素直でよい。でも、いっせいに米搗きバッタになるって(本当かな?)、右へならえの社会も少し怖い

1/03/2018

Aug 23, 2001 :最近の老人マナー

通勤に京王バスに乗っています。どのバスも似ているが、乗り口と降り口の間の進行方向左側の乗り降りしやすい場所に、赤いシルバーシートが3席ある。

問題は、ここに、明らかに老人に部類される人たちが座らないことだ。他があいていたら、決まってそちらに座る。だから、若い人たちがあとで乗ったら立たされる。シルバーしかあいていないときは、渋々座るが、一般席があくとそちらに移動する。いったい自分の歳をどう考えているのか?

話は変わるが、以前、韓国の著名な年輩の人が来日したとき、両国の若者の(シルバーシートの)マナーに関し「私は日本では若く見られるが、国に帰ると年にみられる」と皮肉を言われた。我が輩も日本の若者のマナーのなさに同感だが、日本の意固地な老人にはもっとあきれかえる。団塊の世代もいずれ年をとる。若い人に以上のように言われないようにしたいものだ。日韓とも長幼の区別は重要だ。

ちなみに、家族血縁を呼称する名詞で、日本は長幼の順がはっきりしている。兄と弟などがそうだ。英語では、brotherだけだから、どちらが年上かそれだけではわからない。西洋の考えでは、どちらでも支障はないと言うことか?

韓国ではもっと細分化していると聞く。言う人(の男女の違い)によっても違うとか。